椎名誠「草の記憶」
草の記憶 椎名 誠 金曜日 2007-03 asin:4906605257 Amazonで詳しく見る |
自然豊かないなか町で、わんぱくな子供たちは育っていく。力道三が現役で、テレビはお金持ちの家にしかなかったあの頃の懐かしき物語。
懐かしいと言っておいて私は各家庭にカラーテレビが揃ったもっと後の時代の生まれ育ちなわけだが、田舎町らしい自然とのふれあいは確かに懐かしかった。
ファミコンもネットもケータイもない時代、遊びと言えば子供たちは外に出たものである。大人が危ないと言うのもなんのその、海山川で生き物たちを追いまわし遊びまわっていたものだった。
自然はけして優しくはなくて、台風も来れば蛇や虫も出るのだけれど、そこには本やゲームなど人の造った娯楽にはないスリルやサプライズがあったと、かつて昔の田舎っぺだった私は思う。だからここに描かれた世代にどんぴしゃりの大人が本書を読めば、たまらない郷愁に襲われるのではないか。自然に触れずに育った現代っ子がどう読むのか知りたい気もする。
自然の中で冒険をしたりわんぱく遊びの創意工夫は「あやしい探検隊」シリーズに通じるものがある。可愛い犬には「犬の系譜」を連想し、カヌー犬ガクを思い出す。魅惑の野生動物描写は著者の旅エッセイシリーズを想起させるし、空を目指す研究者には「中国の鳥人」のイメージが重なる。映画への憧れは「まわれ映写機」の端緒ともとれる。今までの私小説系椎名誠テイストがふんだんに盛り込まれながら、全く新しい作品として仕上がっている小説だ。主人公が小学生なのに合わせて、素朴で飾り気のない日記風の文体を用いているのがなんともテクニシャンだ。
そして主人公の叔父「いそうろうのしょうちゃん」の存在が素晴らしく効いている。親以外の善意の大人の存在が、子供に与える影響は大きい。広い視野を幼き者に与えてくれるのはこんなおじさんであろう。こんな少年は、誠に幸福である。
ラストはほんのりせつない余韻を残す。人はいつしか大人になり、黄金の少年時代はもう戻らない。 だが、それを過ごした者は豊穣なその時を胸の奥にきらめかせて生きていくのだろうと思った。