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読書の記録

矢部嵩「紗央里ちゃんの家」

紗央里ちゃんの家紗央里ちゃんの家
矢部 嵩

角川書店 2006-11
asin:4048737244

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 角川ホラー大賞関連の作品は、よほど機嫌が悪くない限り読むことにしている。本作は中篇なんでさらりと読めるかと思えば、かなりのどろどろさ加減が心地いい(ホラー的な意味で)。
 内容は不条理ホラーであり、いとこの家を訪ねる主人公が奇怪な目に遭うのだが、周囲の人間はそれを異常ともなんとも思っていない。そしてここら辺はネタバレになるかもしれないが、まともだと思い込んでいた人物すらアレだということがわかり、読者は感情移入の対象を喪って途方にくれるだろう。この突き放し方はなかなかいい。
 ただこの盛り上げ方に対して、このオチでは弱すぎる気がする。不条理なら不条理でよく、無理にミステリー的解釈をつけろとは言わない。この異常状況の不安とグロテスクこそが、本書をホラーたらしめる魅力の部分であると思うから。贅沢を言えば、中盤でオカルティックな描写が出たのは痛かった。現実にありうる要素のみで構成されていれば、もっと心胆さむからしむる作品に仕上がったように思う。

 ただこの作品が受賞したホラー大賞の選評にて、荒俣宏が意味深な言葉を寄せている。勝手に趣旨をまとめると「現実に恐ろしい事件が起こる今、ホラー小説がどれだけの意味を持ちうるのか」というようなことである。
 今から現実に起きた、ひとつの事件を紹介する。誤解をしないでほしいのは、私はホラー小説が現実の事件を誘発するとは考えない一介のホラー愛好者であり、ホラージャンルを糾弾する意図はないということである。 

ライブドアニュース:渋谷女子短大生バラバラ殺害 
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2960383/detail?rd

 この事件では、家と言う密室の中で年若い女性が家族によって殺されている。死体はバラバラに損壊もされている。事件の方が後なのだが、私はこの小説を読んでいて、妹バラバラ殺人とイメージがだぶってしまったのだ。優れた(…?)フィクションも、現実の衝撃の前にはかすんでしまう。
 現実に想像をはるかに超えた恐るべき事件が起きる今、ホラー小説は現実社会にどんな力を持ちうるのだろう、そしてホラー小説の未来はどこにあるのだろうかと考えさせられた。