読書日記PNU屋

読書の記録

皆川博子「伯林蝋人形館」

「Ⅰ*アルトゥール・フォン・フェルナウ 温室」
貴族の子が幼き兵士として戦い、戦後抜け殻のように生きる姿を淡々と描く。
歴史の激動の中で個人は翻弄されたが、それでも確かに彼の人生はそこにあったのだ。


「Ⅱ*ナターリャ・コルサコヴァ 沼の娘」「Ⅲ*フーゴー・レント 希望」
「Ⅳ*ハインリヒ・シュルツ 望郷」「Ⅴ*マティアス・マイ 自殺案内人」
「Ⅵ*ツェツィリエ 無題」「書簡*」を収録する連作集。
章タイトルとなった人物の独白プラスその人物の客観的プロフィールから
一章が構成されている。


しかし時に物語は略歴と矛盾して、読者は混乱しつつも
登場人物の秘める純情と退廃的な魅力に惹きつけられて先を急ぐ。
書簡でラスト判明する事実は読者の心を揺さぶらずにはいないだろう。
史実の上に塗られた巧みな虚構に酔わされた。


p.s.驚くことに著者は1930年代の生まれだという。
創造に関する知能は結晶性知能と呼ばれ、単純に記憶等を司る知能とは
違って加齢により衰えにくいそうだ。
そんな医学的事実を本書の素晴らしさによって認識させられた。
物語は希望。夢。悲痛なまでの願い。登場人物がリアルに時代を生きているから、
彼らの思いに胸打たれずにはいられないのだった。