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読書の記録

朱川湊人「水銀虫」


水銀虫
朱川 湊人著
集英社 (2006.9)
ISBN:4087748138
価格 : \1,575

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 日常からふと覗く異界を描く短編集。

「枯葉の日」喫茶店で相席になった奇妙な女とは。真相が暴かれるとありふれた光景が一変する、そんな小説だ。好みではないが、彼らのその後に思いを馳せてしまった。

「しぐれの日」雨宿りしていた少年が招き入れられた家には…。昔のホラー漫画によくあった一発ネタ。わざと描写を簡易にして読者の恐怖心あおるところは小説ならでは。

「はだれの日」姉が自殺し、少年は…。気が滅入るほどブラックな味わい。ラストはやや滑稽でもある。巨乳がそんなことの伏線だったとは。

「虎落の日」孫を連れて友人の家に遊びに行った老女の体験する恐怖。設定(孫をそういう場に連れて行くだろうか?)や前提(実の父母は祖母の行動に気付かなかったのか?)など疑問も残るが、力技を使っただけはある怖い小説。愛が怖い。

「薄氷の日」幸福な女はクリスマスイブに期待するが。ある程度予想はつくが、説明がないのがヒヤリと余韻を残す。

「微熱の日」山中に定めた秘密基地に向かう少年達。本書随一の残酷さ!ホラーらしいと言えばらしいけれど。解釈は二つあるが知りすぎているところや会話に織り込み済みの巧みなミスリードからしてあやかしだと思いたい。これほどの悪意を人に対して仕掛けるのが人の残虐さだとすれば…全てをわかっていたことが恐ろしい。

「病猫の日」妻の秘密に気付いた時、夫は…。意表をつく設定が喜劇と紙一重の不気味さを醸し出すか。

 本書は短編集であるが全編通じて得体のしれない虫のイメージで結ばれている。なぜここで虫の描写が?と疑問に思える箇所もあるし、人の心歪ませる虫のイメージが外から来るものであることは恐怖を損なっている気がしないでもない。
 もしかしたら、歪みやねじれこそは人の中にこそ芽生えたもので、虫は傍観者たる読者の象徴なのかもしれない。(良い意味で、だが)いかにもB級ホラー漫画や映画で見かけそうな題材ばかりなので、「花まんま」路線を希望して読んだらびっくり
してしまうだろう。魔が通り過ぎたとしか思えない物語ばかりなのだから。魔と思いたくとも、それも人、なのだ。

p.s.鴻池朋子による装画が素晴らしい。