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読書の記録

枡野浩一「あるきかたがただしくない」

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現代を代表する歌人の胸打つエッセイ。


私は国語の成績が、今は昔の学生時代常に10段階評価の10であり
国語の女王などとあだ名されるほどであったのだが、詩歌中心の
時だけは成績を9に落とした。短いセンテンスに込められた深い意味を
読解せよというのは、人生経験も浅い十代の乙女には酷だった。
そんなわけで、個人的な嗜好や逆恨みもあって、私は詩とそれに関連する
書物を頑なにまで避けて来たのだ。


ようやく本題に入ると、それほどに詩なんてスカンタコ!と思っている
私にとってさえも、本書は面白すぎるほど面白かった。
ダンナが以前から著者の短歌本を愛好していて、短歌に疎い私でも
エッセイならワカルかなぁ、と手にとってみたのが本書である。


著者は本書の中で、離婚の結果お子さんに会えなくなってしまった
ことを嘆いておられる。裁判所から月に一度会う権利を認められたにも
かかわらず、超法規的理由で会うことが出来ないのである。
そこいらの入り組んだ事情は本文を読んでいただくとして、
再び自分語りに戻るのだが、私自身著者の元配偶者と似たような行動を
かつてしたことがある。私は親に二度と逢わぬ覚悟で家出したのだ。
著者のケースとは違って親子間のことであるし、出て行く理由は手紙に
したためて置いて来たし、ものすげ〜不愉快なことが書いてあるけど
父親からの手紙も来れば読んでいる。だから状況的には元・奥さんに
同情しそうなものなのだが、著者の方にどっぷり感情移入してしまった。


カップル間のことは他人にはわからないもの…安易に同情・共感すべからず
と自らに課している私でさえ、著者の切々と胸を打つ言葉の前には
そのポリシーを曲げざるを得なかったのである。
それはそれはあいまいさを排した、理性的で、心揺さぶらずにはおかない
エッセイだった。第三者でしかない私が、なぜ合わてあげないのだろう、
と憤りに悶えてしまうほどなのだった。


確かに本書では、しつこいまでに離婚で傷ついた心理描写が続く。
けれど、吐露される心情は正直なゆえに、まっすぐなゆえに、
本当のことであるがゆえにストレートに響く。とてつもなく苦しい状況で、
苦痛を押し隠して楽しげなことを書いても、どこか上滑りすると思うのだ。
だが本書は苦しみから逃避せず、凝視して描ききっている。
貴重な魂の記録であると思う。


むらやまじゅんとのすれ違うようで微妙に息の合った対談、
そして河井克夫による後書き漫画までもが非常に面白かった。