古川日出男「ルート350」
どこか新しい、疾走する短編集。
「お前のことは忘れていないよバッハ」
彼女が語るのはバッハという名の者がなした冒険。
現実にありえなくもないが出来過ぎているそんな事象が、若々しい
語り口の女性によって紡がれていく。驚くのはその臨場感。
生き物は時に、傷つき疲れた人の希望となるのだろう。
ビジュアルを想像するだに、可愛らしいではないか。
「カノン」
少年と少女は、あの“王国”で出会う。
可愛いのにちょっぴり切なくてほろ苦い味わい。
「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」
おバカで饒舌な幽体離脱者の他者探求。
ワンダーとセイシュンの同居が愉快な作品。
「飲み物はいるかい」
旅が嫌いな僕のした旅。
東京の地理が出て来るところなんかは「LOVE」2005.9
を彷彿とさせる。
私には難解なタイプの物語(「ベルカ、吠えないのか?」2005.4
のストレルカといい、私は古川作品の繊細にしてふてぶてしい少女たち
が苦手なんだろうか?)。
「物語卵」
鳥たちと男たちのお話。
自分に理解出来ぬ小説に実験作なるレッテルを貼ると安心したような
心持ちになる。でもそれだけじゃ怠慢だから考えてみる。
この物語の舞台と語り手のめまぐるしい移り変わり、
迷走していると同時に疾走している、覚醒しているのに昆迷の中にある
矛盾すら内包して魅せてしまうテクはこの著者独特のものではなかろうか。
謎めいたムードを愉しんだ。
「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」
予知夢を見る女と、奇怪な病。パニック・サスペンス調の作品。
…で結局なんだったんだろ?
「メロウ」
恐るべき(あるいは、悲しき?)子供たち。未来的。
とてつもなく遠い世界で、クールだが共感不可能。
「ルート350」
国道から見える現実と幻視。現実よりでびっくり。
いつも古川作品を読むと理解出来ないけど新しさを感じる。
あ、新しい。こんなの読んだことない。その感覚が欲しくて私は
この著者の本を手に取るのだろう。