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読書の記録

森谷明子「七姫幻想」

七姫幻想
森谷 明子著
双葉社 (2006.2)
ISBN:4575235407
価格 : 1,680円

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日本情緒漂う珠玉の作品集。
現代を舞台にした前作「れんげ野原のまんなかで」オンライン書店ビーケーワン:れんげ野原のまんなかで2005.2
はヒロインに好感を持てず好きになれなかったのだが、
本作には目をみはった。

「ささがにの泉」
閉ざされた室内で大君が死んだ。ともにいた衣通姫は犯人なのか?
ささがにには、「蜘蛛」という字をあてるのらしい。
不学にして水棲の蜘蛛が実在するかどうかは知らないが、ウミグモが
いるくらいだから…わからない。本作に登場する地霊のごとき存在は
創作だろうけれど。人よりも地霊との交流深い姫の妖しさ、
多情な男の純愛など読み応えたっぷり。


「秋去衣」
禁じられた恋の果てとは。
「ささがにの泉」で探偵役を務めた軽皇子が主役。
超自然的設定は「ささがに〜」よりも薄め。切れ味の良いラストには唸らされる。


「薫物合」
叔母の死の謎を探る少女。
女の情のこわさが見事に写し取られた作品。それでも恐ろしすぎないのは、
行動の裏にきちんと理があるから。男はただ翻弄されるのみ。


朝顔斎王」
斎王を退いた姫に嫌がらせをするのは誰?
なんとも健気でせつない男の子よ。
昔読んだ氷室冴子なんて素敵にジャパネスク」を思い出した。


「梶葉襲」
今は仏道に仕える元女御が回想するあの日のこと。
策士といえど、情を置き去れば痛いしっぺ返しをくらうことに。苦い味わい。


「百子淵」
不二原の里では、少年たちに謎めいた成人の儀式が課されていた。
理想と現実のはざまで揺れる心は、一層ほろ苦い。


「糸織草子」
内職に機を織る同心の妻は、松原で惨殺死体を発見する。
ラストに来る話としてはインパクトが弱めに感じられるけれど、
佳品には変わりない。


本書の魅力は人も時代も移ろいつつも、時に賢くしばしば愚かな人の営みを
愛しいものと見せてくれるところにあろう。分かちがたく共に暮らす男と女。
そして「みずは」を名乗る天地の気を読み薬草に詳しい、
巫女とも魔女とも思える、特殊なちからを持つ女の血族の存在が、
影となり光ともなって物語の底流をなしていく。
個人の愛も怨念も、胸張り裂けるような激情ですら時が過ぎるうちに薄れ、
個人の命の終わりと共に消える。しかしそれでも、生命は時代を越えて受け継がれ、
物語もまた同様に読み継がれていく。
命の営みが繰り返されるように、物語も読まれ語り継がれるたびに、
輝きを放つものなのだろう。