読書日記PNU屋

読書の記録

池上永一「シャングリ・ラ」

オンライン書店ビーケーワン:シャングリ・ラ2005.9角川書店\1,995
 


天高くそびえ立つエリートのための巨大都市「アトラス」、
それを見上げながら地上で闘うゲリラの少女首領・國子。
金はうち捨てられグラファイトが高価な炭素経済の世界、
トラスランクとは、そしてアトラスは何のために建てられたのか。
 
ジャンル分けが意味をなさないオタクのためのエンタと言ったらいいのか、
SF、ファンタシィなんでもありの少女格闘小説である
(ミーコ、モモコなど元・男な方々もがんばっているが)。
私の印象は香津美・リキュールとナウシカもののけ姫なヒロインの
出世争いにタキシード仮面が乱入しようとしたが力不足で蚊帳の外へ…
みたいな?
妙にアニメ・マンガっぽいなぁと思ったら掲載誌が月刊「Newtype」
だというので腑に落ちた。
核戦争後ではないが、別な原因で地球は荒廃しつつあるので
近未来世界は宮崎駿の描く世界にどことなく似て見える
(そういえば麻宮騎亜のマンガ「サイレントメビウス」みたいでも
あるよねっていうのはネタバレ?)。

そのせいか、ジブリ映画ヒロインのような國子がよい子すぎて
私は思い入れが持てず、彼女の活躍をあまり楽しむことが出来なかった。
 
女医博士(女医博士…ってふつうあんまり言わないな)小夜子に
護られる異能少女・美邦はアトラスの跡取り候補のひとり。
一見残虐にも思える力を持つ美邦だが、彼女の象徴「つき」のように、
それはきまじめなほどの純粋さのあらわれなのだ
(それこそ、水浴を目撃されただけで男を鹿に変えて殺す月の女神のようだ)。
國子が主役のパートはなかなかページの進まぬ私だったが、
魔女っ子のごとき美邦が出て来てからは一気読みしてしまった。
 
そしてクライマックスは、頑固に國子主役とはいえ涼子・小夜子の
弩迫力因縁対決にヒロインはお株を奪われた感じ。このあたりの
ハチャメチャ感は、佐藤哲也小林恭二っぽくて好きだ。
 
読後感も良く、ツルペタから成熟美女まで萌えキャラが揃い、
めまぐるしいコミカルな展開を愉しめる本作だが気に入らない点もある。
まず、着地点がよく見る予定調和な展開に落ちてしまったこと。
エンタに徹したことで感情的に割り切れぬ点を残すところ
(あの小憎らしい老人ペアは世代交代すべきだったと思うし)、
大儀のためなら一般民はいくらでも犠牲になってかまわないという考えが
まかりとおるのは苦いお味。
そうすると、側近一人ひとりを深く愛する彼女でなくて、
大儀のために下々の命が喪われても仕方ないと割り切る彼女が
恩寵を受けるのもこの世界ならば道理なのだろうか。
 
ある人物(女性一名)がとにかくひいきされすぎていて後半シラケて
しまった私であったが、炭素世界の奇想は充分楽しませていただいた。

p.s.神話の名前をちりばめるのは真相に気付かせないための
スリードだったりして…。近未来のハイタワーと身分対立は
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