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読書の記録

桜庭一樹「少女には向かない職業」

 
オンライン書店ビーケーワン:少女には向かない職業2005.9東京創元社\1,470


女子中学生が、夏に殺人を犯した。
アル中の義父に脅える葵は、静香との出会いで人生が変わっていく
…サスペンス。
 
冒頭で、ヒロインは人を二人殺したことを誰にあてるでもない日記(?)
中で告白する。そこから読者は、〈どうなる〉ではなく、
〈どうして〉彼女が殺人を犯すに至ったか、を彼女の回想録から追うこと
になる。
 
闘う少女の記録…とあるとおり、ヒロインのターゲットは、
自分より生物学的・社会学的に強い立場のものたちだ。
葵と静香の行いはけして褒められたものではないし、
理由があるとはいえ殺人に至るしかないほど極限状況であったとも思えない。
そんな違和感や都合良さを感じる点もあるが、この小説の巧さには
うならされるものがある。
 
まず舞台を田舎の孤島に設定したこと。
存在自体がフィクションに近い静香はともかく、葵のように虐待を受ける
子供は、残念ながら珍しくない。しかし、こうした子供たちはたいてい
家から脱出を謀ることが多い。都会であれば、子供たちが家出や逃避出来る
場所に充ち満ちているのだから。しかし島(しかもなかなかな田舎)であれば、
親がイヤだからと家から逃げることは出来ない。
狭いおせっかいな共同体の中では、子供の家出場所など限られているし、
すぐに探り当てられてしまうからだ。だからこそ、この程度で葵は追いつめ
られてしまったのかもしれない。
むろん静香という超俗的存在がなければ彼女が常識の世界から逸脱して
殺人を犯すこともなかったわけで、不平たらたらながら平和に就職または
進学で島を離れることも出来たかもしれず、そこがやるせない。
 
そして、少女をかよわき存在として描いたこと。
一見彼女らは強く見えるかもしれない。だが、葵は冒頭からすでに、
殺人を犯して平気ではいられないと少女らしく嘆いているのだ。
ふつうの少女をヒロインに据えたこと、これぞ本作を危険なもの
(有害指定etc.)にしないための仕掛けだと思う。ネタバレになるので
多くは記せないが、怪物などは少女の心にいなかった。
醜い大人が少女たちを追いつめただけであった。
そこら辺でも起こりそうにリアルな動機の第一殺人では、手段を非現実的な
ものにすることで、殺人の生々しさを消している。
第二の殺人が起こる非現実的なクライマックス…そこでは逆に血生臭い手段が
用いられるが、動機は絵空事に近付いていき、読者は殺人の明白な理由を
そこに見だし、それが現実世界に容易に当てはまるものではないと知って安堵する。
 
殺人を描きながら、生臭くなるのを回避し乙女らしい想像力と
友情のオブラートで包んでみせ、ラストに感動と安心すら配置してみせた
著者の手腕に拍手をおくりたい。

p.s.真の自分は押し隠して、他人から見えてほしい/こうありたい
理想の自分を演じ続ける若者とその苦悩なるテーマは有名どころでは
太宰治人間失格」等、小説のメインテーマであり、
最近では白岩玄野ブタ。をプロデュース」でも使われている。