読書日記PNU屋

読書の記録

瀬名秀明「デカルトの密室」

 
オンライン書店ビーケーワン:デカルトの密室2005.8新潮社\1,995


死亡したと噂されていた、天才科学者フランシーヌ・オハラと
再会した科学者・尾形。尾形の友人であるレナとケンイチは、
奇妙な殺人事件に巻き込まれていく…。 
 
ロボット工学など理系ミステリーで難しいのでは、と心配していたが、
どちらかというと哲学的な難しさのあるミステリーであった。
学問もつきつめていくと(これは本作とは関係ないが、
般若心経の一部と物理学のある論とが呼応したりetc.)文系理系の
垣根を越えていくのだろうか。
 
人工知能と人格の物語であり、
命とモノ、ヒトとロボットの境界を語るペダンティックな物語であり、
ファム・ファタルの物語であり、
そして読み終えてみればミステリーでもあった。
 
ケンイチがとにかく可愛らしくて
(彼を幼児的で可愛いと思うのも作者の仕掛けた罠かもしれないけれど)
ほだされてしまう。
 
ただ、私にはフランシーヌの存在を受け入れられなかった。
生きづらさを感じる女性が社会とコミットするために肉体的結合をもって
代償とするなんてありきたりでありふれている話だし。
彼女の美しさを信じられるか否かで、この物語を気に入るかどうかが
決まるのかもしれない。
 
この作品、島田荘司・編集の「21世紀本格」に収録された中編の続編に
位置する物語であるとのこと。ケンイチが回想する形でエピソードがちらり
と紹介されている。こちらも読んでみたいと思った。


p.s.無限増殖というとついつい鈴木光司「リング」を思い出してしまうし、
人格とその入れ物としての肉体の概念etc.が士郎政宗攻殻機動隊」に
似てるし、同じ理系作家のせいなのか、森博嗣の某人気シリーズにも似通った
ムードがあったりして、そういう点で目新しさに欠けていた。
この作品のすごいところは、ウンチク&形而上学的な『ミステリー』を
成り立たせているところではないか。
SFとしてならば山本弘「神は沈黙せず」という名作があるが、
ミステリーでこの情報量とトリックを成り立たせたところは評価すべきだろう。
でもそれはこの著者だから赦される力業なのであるから、新進作家の方々は
フォロアーにならないでいただきたい。読んで面白いのかどうかというのは
また別問題であるし。
えらそうなことを述べている私にしても本書を完璧に理解したかというと
デカルトの著書を1冊も読んだことがないようではおぼつかないし、
著者の仕掛けが真に読者を驚かせるかというと、その難解さから無理がある
ような気もするのだった。