読書日記PNU屋

読書の記録

山本弘・編

「ヴィンテージSFセレクション胸躍る冒険篇 火星ノンストップ」

 オンライン書店ビーケーワン:火星ノンストップ2005.7早川書房\1,785


編者が忘れられぬ強烈な印象を持ったクラッシックSF集。
これがハズレ無しで面白い。小学生の頃はジュブナイルSF全集を
読んでいた私だが、ここに集められた話は初読のものが多く、
奇想を楽しんだ。ご都合主義?人間が薄っぺらい?事実に反する?
そんなことはこの濃厚な面白さの前には問題ではない。
今のブ厚くなりゆく割に印象の薄い小説が果汁10%ジュースだとすれば、
こちらの短編はひとつひとつが果汁100%だ、そんな印象を持った。

 
ジャック・ウィリアムスン「火星ノンストップ Nonstop to Mars」
無着陸飛行を得意とするカーター・リーは、地球の大気に起きた異変が
火星からの意志によるものと知る。彼は、ある無謀な挑戦をすることに…。
 
うう、これ好きだ。確かに設定はむちゃくちゃなのだが、
展開がベタだろうがかまわない。だって面白いのだもの。
問答無用の面白さ。パワフルでストレートなこの面白さは、現在の小説が
失いつつあるものではないか。エレンのつっぱりぶりもいいし、
古い男の意地と誇りをかけて飛ぶカーター・リーが泣かせる。
エンターテインメントは、こうでなくっちゃ!
 

マレイ・ランスター「時の脇道 Sidewise in Time」
頭脳優秀だがいまいち冴えない数学者・ミノットだけがこの未曾有の事態を
予測していた…。
 
シンプルだがじわじわと怖い。私が平行世界の概念を初めて知ったのは
小学高学年のとき、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「魔女集会通り26番地」に
おいてであった。本作はさらに古く、SFにおけるこの概念の始祖であると
いうから驚き。
 
理性的な学生・ブレイクに思い切り感情移入して読んだが、
ミノットの野心に惹かれる女性がいてもおかしくないだろう。
頭で考えた理想の通りに物事が進まないのも哀しくてユーモラス。
ハトのシーンも良いけど、愚かな爬虫類のくだりが大好きだ。
 

C.L.ムーア「シャンブロウ Shambleau」
人ならぬ娘を助けたノースウェスト・スミスだが。
クラッシックかつベーシックな面白さに打たれた。
伝統的昔話の異類婚をも思わせる話だが、シャンブロウがどこまで人に
似ているのかの解釈でホラーにもなり、甘やかな味わいにもなる怪作。
 

ポール・アンダースン「わが名はジョー Call Me Joe 」
木星を開拓するアングルシーとジョー。
 おお、面白い。これは好きだなぁ。思いこみをくつがえされる快楽、
魅力のとりこになる。考え方によりハッピーにもアンハッピーにもなる
ところがリアル。
 

A.E.ヴァン・ヴォクト「野獣の地下牢 Vault of the Beast
宇宙貨物船の中を這いずる千変万化の怪物の目的は…。
ああ、この作品を好きにならずにおられようか。
確かに素数がどうのこうのという理屈部分は斜め読みしてしまったが、
そんなところより怪物が。目的のために創られし怪物の悲しみがたまらないのだ。
映像的な場面も多く、類似作を映画等で何度も観ているのに本作の方が
印象的に思えるほどだった。
 

アラン・E・ナース「焦熱面横断 Brightside Crossing」
水星の焦熱面を横断しようとする男たち。
灼熱地獄のような、焦熱面の描写が素敵。私だったら行かないけれど。
それもさることながら、オチですよ。オチが素敵。
バカは死ななきゃ治らないのか、人間はひたすら頂点を目指す生物なのか…。
 

コリン・キャップ「ラムダ・1 Lambda1」
異空間から帰れなくなった乗客を救おうと、男二人は旅立つが。
奇想極まる作品。これも好きだ。漂う緊張感がこたえられない。


以上読んで来て、無謀な挑戦のある作品が多かった。
冒険というのはそういうものなのだろう。或る者は誇りのために、
或る者は名誉と立身出世欲から、また或る物は親切と人情から。
平穏な世界からおそるべき世界へすすんでさまよい出る冒険者たちに幸あれ。
 
このシリーズ、売れ行きによって続刊が決まるそう。
私はぜひ読みたいぞ!!!