パトリシア・ハイスミス「回転する世界の静止点」
回転する世界の静止点──初期短篇集1938-1949 パトリシア・ハイスミス 宮脇 孝雄 河出書房新社 2005-01-21 asin:4309204252 Amazonで詳しく見る |
隣の芝生が青く見えたり、世の不条理に堪え忍んだり、誰にでも覚えがあるだろう感覚をリアルにえぐり出してみせる戦慄の短編集。
私は以前ハイスミスの「動物好きに捧げる殺人読本」を読んでその読後感の悪さに打ちのめされ、しばらくこの作家さんは読まないことにしよう…と思っていたが没後十年記念出版とのオビに踊らされ手に取ってしまった。
安堵したことは初期作品ゆえかもしれないが、本作には「動物〜」ほどの毒と悪意は無いということ。さすがに苦め、重めな1冊ではあるけれど、これくらいのテンションはむしろ刺激的で楽しめる。
明確にオチがある話ばかりではないが、登場人物の息づかいまで伝わるかのような臨場感があって迫力があり、気に入った。
特に印象的であった作品を挙げると「素晴らしい朝」。不快だがすごい話。勝手に町に期待した男が、予想外の展開に世界没落体験のごとき感覚を抱く様子がリアルに素敵。
「不確かな宝物」の意味のない緊迫感は立派なホラーサスペンス。
「ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち」には、体育教師の横暴、だが暴君ですら幸福ではないというところが、苦みと痛みを伴って我がつらき体育授業の記憶が揺さぶられた。
「ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所」これはすごくわかるなぁ。いらちというか、せっかちで完璧主義のヒロインが苦労する話で、ストレスフルなのだが透明な哀しみを感じる。
「広場にて」ジゴロ物語。ガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」のごとき余韻。
「カードの館」たくさんハイスミス作品を読んでいるわけではないが、これは珍しいラストなのでは?エンタメ好きなのでこういう方が実は好み。
「ルイーザを呼ぶベル」も同様の理由で好き。
「自動車」夫婦の価値観のすれ違いの行き着く先は…ああ、恐ろしい。私は妻側の価値観を共有しているらしく、極上のホラーに感じた。