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読書の記録

綿矢りさ「夢を与える」

夢を与える夢を与える
綿矢 りさ

河出書房新社 2007-02-08
asin:4309018041

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 ある恋愛の結果として誕生した女の子は、すくすくと美しく育ち芸能界に入るが…。
 実は私、著者の作品はこれまで好きではなかった。「インストール」インストールは都合が良すぎてリアリティを感じなかったし、「蹴りたい背中蹴りたい背中にはSo what?と思っただけであった。
 だが本書は迫力が違った。ページ数が格段に増えたこともそうだが、両親の愛情に包まれて可愛らしく純粋培養されてきた少女が、芸能界の喧騒に巻き込まれていく様子がひたむきなまでに詳細に綴られていく。
 別にドラマティックな筋立てではない。あらすじを聞けば陳腐にすら感じられる、ありふれた話だろう。だが、この年若い著者がこの種の作品をものしたということは読者に衝撃と喜びをもって受け入れられるべきだろう。
 この手の物語ならば、もっとギラギラとセンセーショナルなやり方で描ける作家はいくらでもいる。だが、本書のヒロインとさほど歳のかわらぬ著者が書くことで、この年代のヒロインの若さ、蒼さ、愚かさが悲しくも強調されている。もっと歳経た作家が同じネタで書いたなら、ヒロインの若いがゆえの愚かさと語り手の間に距離感が生じて説教くさくなるのではなかろうか。
 著者がうら若い(しかも清楚にして容姿端麗)な女性ともなれば、読者が著者のイメージをヒロインに重ねるのは避けられず、そのイメージ混同を逆手にとったダークな傑作であると思う。(注1)
 今までの著者の小説では、ヒロインは傍観者であることが多かった。他人の企みに一口かませてもらうインストールしかり、アイドルにはまる変人を高みから見て面白がる蹴りたい背中しかり、である。だから本書は、綿矢製ヒロインが初めて自らリスキーな選択をして、その結果負った痛みをきちんと引き受けるというエポック、記念碑的作品なのではないだろうか。
 不満も、ある。きちんと育てられたはずのヒロインに羞恥心が見られないのは不満だ。親を絶対的な拠り所として書いているところも、親子愛と言えばそれまでだが甘さを感じる。まあそれも、多忙な中に無意識に生まれた自己破壊衝動と解釈出来ないこともないし、男に溺れることがどんな狂奔状態を生むかはちゃんと恋したことのある女性ならばご存知であろう。

(注1)
 著者と小説の主人公は私小説でもないかぎり(もしくは、であっても?)別物であって両者のイメージを混同することは、あまりよくない場合もある。例えば、「OUT」OUT 上  講談社文庫 き 32-3で注目された桐野夏生が作品内容から色眼鏡でマスコミに見られ困惑したように。
 しかし、最年少芥川賞受賞者として注目を浴びメディアへの露出も多い著者のこと、ヒロインとイメージを重ねられる読み方を避けることは難しいだろう。それを計算して本書のように、イメージ裏返すショッキングな展開を用意したならば、その戦略に脱帽するほかはない。