佐々木譲「制服捜査」
制服捜査 佐々木 譲 新潮社 2006-03-23 asin:4104555045 Amazonで詳しく見る |
北海道のある田舎で駐在勤務することになった川久保が、鋭い勘で所轄署刑事顔負けの活躍をする短編集。「逸脱」「遺恨」「割れガラス」「感知器」「仮装祭」を収録。
2007年版「このミステリーがすごい!」第2位作品なので読んでみた、のだが期待はずれ。自らの失態ではなくして、半ば左遷のように地方に単身赴任した警察官がくさらず真面目に職務に取り組むという物語である。いい話の中に地方の問題点だとか正義の怒りや犯罪への悲しみも盛り込んで、ドラマにしたらウケそうな感じでは、ある。
私はこの作品、受け入れられなかった。以下、ファンの方には気分を害するかもしれないが思ったことを記しておく。
(1月19日、追記および訂正)
人によっては疵と思わないかもしれないが、第一話を読んで私は落胆した。これは実在するあの悲劇、警察官も見逃し殺人が事故として処理され、遺族が悲しみながらも加害者を法で裁こうと戦っている、あの事件そのままではないか。詳しくは柳原三佳・著のノンフィクション「死因究明」を参照して欲しい。行方不明の状況、事件の背景、発見された時のヘルメット、手袋、メガネの状態から受傷部位に至るまで現実そっくりである。ここまで似ているなら、《現実に起きた事件にインスパイアされました、被害者のご冥福をお祈りします》の一文を巻末に入れておくべきだと思う(奥付に、でもいいから一言)。
(1/19追記部分)私は著者がどのような思いでこの事件をモデルにしたのかは知らない。だが、小説と同じく北海道で起きたあの事件を描写し、まだ未解決のあの事件にフィクションならではの大衆感情的に望ましいオチをつけることが、私はゆるせなかった。それは、松岡圭祐の千里眼シリーズでヒロイン・岬美由紀が9・11の日、崩れ行くワールドトレードセンターから人を担ぎ出したシーンで[でも、現実には岬美由紀いないし、美由紀はいないから彼女が助け出した人もいないし]と思うむなしさに近いだろうか。(ここまで)
創作に現実を参考にするなとまでは言わない、だが現実に争われている事件を露骨にモデルとし、創作だからスッキリする解決を付けてみました…というのって、どうなのよ。フィクションはリアルに白旗を掲げるのか?!Y乳業事件を題材にした戸梶圭太「牛乳アンタッチャブル」のように皮肉たっぷりのコミカルなパロディであれば、またM自動車事件をモデルとした池井戸潤「空飛ぶタイヤ」のような重厚なエンターテインメントであれば、もしくはT電OL事件にインスパイアされた桐野夏生「グロテスク」のごとく幻想小説として昇華できているなら、こんなに腹は立たなかったかもしれない。現実を写し書きして、フィクションだからわざとらしい偶然による鉄槌を下してみました…私にはそんな作品を認められない。評価出来ない。
この著者、以前も「ユニット」で現実に起きた母子レイプ殺人をあからさまにモデルとしており、読んでいて不快になったのだった。主体なく現実に密着しすぎ、継ぎ足された創作部分の見劣りぶりに嫌悪感を抱いたのだ。あれはやりすぎだと思う。
小説のモラルは一体どこにいったのだろうか?どんなに巷の評判が良かろうと、私はもうこの著者の小説は読まないだろう。
第一話のパクりに現実との相似性に苛立ちつつ読了したが、展開に特に意外性もないし、主人公の法と違法の境をたゆたう様も新鮮味はない。ゆるいテレビドラマとして見るならいけるんだろうが。
p.s.同じく駐在ミステリーなら佐竹一彦「駐在巡査」の方がずっといい。
また追記。
ご本人のblog「佐々木譲のプッシュピン」にて現実の事件を[過去の事件だと思い]ヒントにしたことが言及されている。
この件に関しては、北海道新聞の作家インタビューを閲覧できる環境にないので知りようがないが、もしも遺族の許可がおりているのであれば上記の記事内容は的ハズレの批判、ヒステリーだということになる。はて。