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読書の記録

岩井志麻子「タルドンネ―月の町」

タルドンネ
岩井 志麻子著
講談社 (2006.11)
ISBN:4062137690
価格 : \1,680

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娼婦を殺し続ける男は、タルドンネと呼ばれる貧しい集落の出身だった…。
韓国で実際に起きた連続殺人事件をモデルにしているそうなのだが、私は寡聞にして、この事件のことを知らなかった。だが作品は現実に着想を得た全くのフィクションだとか。
いつもの岩井作品と同じ、ねっとりとまとわりつくような臭気を放つ性描写が延々と続くが、正直ヤッているシーンは毎度同じことの繰り返しなため退屈である。
鬼畜系を承知で言うなら、死体解体と犯人の見る幻にこそ、この作品の迫力が込められているように感じた。ただ妹の下りは、やりすぎのような。このシーンのために、やや頭で考えた話めいて、作りモノっぽくなってしまったのは残念。此処を信じられる人にとっては凄みを感じさせる描写なのだろうが…。
冷血そのものであるならば予想通りなのに、この犯人が恐ろしいのは死体を効率的に解体しながら愛撫する、その愛憎とすら呼べない心のありようだ。殺人鬼とは何なのだろうと考えさせられる。
しかし、著者本人を濃厚に思わせる日本人作家が登場してから、殺人鬼と腐りゆく死者の物語は、作家と韓国人の彼氏から見た物語にシフトしてしまい、殺人鬼の放っていた乾いた孤独は急速に現実味を失っていく。そこがリアルでもあり、不満な点でもある。私としては、せっかく実録ルポではなくて創作であるのだから、いつもの作家と愛人のイチャイチャはもう少し控えてもらって(だっていつもの岩井作品でそんなの読み飽きてるし)、本作ではもっと殺人鬼の内面に、作家の奔放な想像力で斬りこんで欲しかった気もする。
それとも、実在の犯人の頭の中も、小説家にすら見通せない空虚な暗黒が広がっていたのだろうか。

p.s.奇妙でいて、どこかグロテスクで本書の内容にピッタリなカバー画は「僕の可愛いウサギちゃん」なるタイトル。赤色の箔が盛られていて、素晴らしい装丁だ。
最後に老婆心だが、もしあなたがこの本を読む予定があるならば、その日の献立にラーメン・チゲ鍋・焼き肉は選ばないことをオススメする。