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読書の記録

川上弘美「真鶴」

真鶴
川上 弘美著
文芸春秋 (2006.10)
ISBN:4163248609
価格 : \1,500

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「ついてくるもの」につきまとわれる京は、なぜか真鶴に惹かれるのだった。

ほんのりオカルティックで、中年の不倫性愛小説であり、また女系家族三代同居という女小説でもある本書。実を言うと、出だしが私にはとてもたるくて読むのをやめようかと思っていた。ヒロインのおかれた状況が作為的になのだろうがわかりづらく、情報が小出しにされていく様が、せっかちな私には合わなかったのだ。

一番合わない大きな理由は不倫だった。ヒロインの夫は十年以上前に失踪しており、寂しさを他人の夫で埋めているようなのだ。彼氏の必要性がヒロインから再三語られるけれど、不倫嫌いの自分にはどうも納得いかぬ交際であるのだった。


そして本書、アンチミステリーの要素も持っている。平凡なヒロインの身に起こった重大事件、それは夫の失踪だ。いわゆるサスペンスミステリーの小説であれば、
夫はなぜ妻と娘を捨てて去ったのか、その動機・行方・生死に重点が置かれるものだが、本作では真相などさしたる問題ではなく(無論、当事者であるヒロインは失踪の理由を気にしてはいるが)ヒロインが夫の不在をいかに自分の中で納得させるかが重点となっているように思えた。即物的な私にはなんだか釈然としない印象の物語であった。


ぽそっと言い捨てたかのような、ヒロインの一人語りで物語は進行する。長年の夫の不在が影響を与えたのか、彼女の思考は散漫で感覚的に過ぎて、正気を疑いたくなるほどに不安定である。そんな彼女が、句点とひらがなの多い文体で自分と、男と家族を語る。たいへんに読者を選びそうな物語である。

また、本書は怖い。「ついてくるもの」を始めとしたオカルト的設定が、ではなく濡れて他者を体内に受け入れる女性性というものを、生々しくねっとり描写している点において。私は著者の熱心な読者ではない(つい数年前まで江國香織とごっちゃにしていたくらいなので)。しかしそれでも、本書の路線には驚かされた。生と死のあわいをたゆたうヒロイン、たびたび襲い来る幻視、女の生と性…まるで岩井志麻子作品のようではないか。著者にはもっと軽快な作風の方が合ってはいないか。著者にとっては新境地かもしれぬが、このテの小説では岩井志麻子に一日の長がある。

p.s.結局、真鶴とは何だったのか?ヒロインだけに意味のある土地なのか?ついてくる女の言葉からも否定されているように、どうやら「死国死国ではなかったようだが。