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読書の記録

島田荘司「溺れる人魚」

溺れる人魚
島田 荘司著
原書房 (2006.7)
ISBN:4562040238
価格 : \1,680

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書き下ろし表題作を含むミステリー短編集。


「溺れる人魚」
素晴らしい水泳選手だったアディーノは、奇妙な病気を患い
ロボトミー手術されてしまう。彼女が死んだ時、医師もほぼ同時に
射殺された謎をキヨシの友人は解けるか。
ミステリー耽読者であればトリックの難易度や斬新さはさほどでは
ないのだが、無知の起こした悲劇、そのテーマの社会性を見るべき
作品であろう。
なぜ舞台がこの土地でなければならなかったのかの意味があるところに
うならされた。


「人魚兵器」「耳の光る児」
ポルシェとキヨシと友人、そしてフリークスの物語。
2005年8月に刊行された「名車交遊録」所収の短編であるせいか、
ニ編とも似たようなテイストの仕上がりになっている。
すなわち一見超常的とも思える怪奇な謎の提示、
背景となる人と街の歴史、真相の悲しみと愚行を犯した者達の愚かさが。


「海と毒薬」
石岡に送られたある愛読者の手紙とは。
タイトルから遠藤周作の著作が連想され、また戦争と医学系ミステリ
なのかと思ったが、こちらは病院は舞台であるだけで、
前三作と比べれば随分普通のサスペンスに近い。
それでもよくある小説と違って、ヒロインがギリギリの境界線を
さまよった結果導き出した結論が感動的なのだった。


読み終えて思うのは、最終話以外は「御手洗もの」である必然性が
薄いということ。
無論、私は人後に落ちないミタライアンのはしくれであるから、
キヨシに小説内で逢えるのは嬉しいし、ノン・シリーズより
御手洗ものと言われる方が食いつきがいいことは否めない。


でも折角キヨシが出るのなら、
脇役的に半ば探偵の役割から引退した彼でなく、あの講談社文庫の
輝かしい名作群のような、血湧き肉踊るような冒険を希うことは
夢のまた夢だろうか。そんなことを思った。
全体が医学・街・歴史ミステリーでトーンをそろえ、
一作を除けば人魚のモチーフで統一されているところなどはさすがと
感じた。


p.s.歴史民族ミステリーというと高木彬光「成吉思汗の秘密」
などを連想するが、あちらより
本作の方がキッチュにも見える題材を扱いながら現実よりだと思う。
推理にオカルトが介在しない点には素直に好感が持てる。
ただし社会派的側面が主張しすぎると、
主義主張や現代社会の抱える問題点を叫べば叫ぶほど、作品が
エンタメから離れていくのはいかんともし難いようだ。
そういう意味では、二作目と三作目は私の好みではなく、
この著者に期待する種類の物語とは距離があるように思われた。