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読書の記録

アニー・チェイニー/Annie Cheney「死体闇取引/BODY BROKERS」

死体闇取引
アニー・チェイニー著 / 中谷 和男訳
早川書房 (2006.7)
ISBN:4152087447
価格 : \1,680

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 副題は「暗躍するボディーブローカーたち」。ジャーナリストである女性著者が体当たり取材したノンフィクションだ。善意の献体もしくは火葬を遺言した死者にもかかわらず勝手に切り刻み、売りさばく。そんな 地獄のような光景が実行されているのだという。
 死者がどのような類の扱いを受けることになるのかは、メアリー・ローチ「死体はみんな生きている」死体はみんな生きているに詳しい。だから本書に出てくる大半の事柄…死体泥棒と解剖学者との切っても切れぬ関係、外科医の練習台としての遺体(それがホテルを会場にしている、というところには驚いた。衛生面で問題はないのだろうか)、軍の関係した死体を用いる爆薬実験…などは全て既読の出来事だった。
 ただ本書の目玉は、そうした用途のために遺体を提供する業者が、とんでもない倫理にもとる行為に及んでいることをスッパぬいたところにある。
 新しい犯罪というのは、善良な一般民の想像を超えたものであることが多い。火葬するはずの遺体の一部を遺族の許可なく切り取って医療系の施設に売るなどは、良心がある人間の行為とはとても思えない。それだけ金が魅力的だろうか、良心が麻痺してしまうほど?死ねば人もモノ、という究極の合理主義がなせるわざだろうか。
 著者はまっとうな神経の持ち主のため、この取材で痩せてしまったそうだ。読むだにげっそりしてしまう実話なのだから、実際に当事者から取材していたら疲労するのも当然と言えるだろう。
 金、そして想像力の欠如が結びついた犯罪だと感じた。けして著者は美文ではないし構成も整然としているとは言いがたいが、この恐るべき事実を広く世に知らしめ警鐘を鳴らす目的で、本書は意義深いものとなるだろう。ことは単に解剖だけにとどまらない。汚染された遺体が非合法に解体され、ずさんなプロセスを経て他者に移植され、結果命を奪うことすらあるのだから。アメリカの話だからとうかうかしてはいられない。

p.s.著者が死体を見学してから死臭に悩まされるシーンがある。幻嗅の可能性も否定できないが、におい分子が鼻毛についていたかもしれないと思う。私もかつては毛髪に染み付く死臭を落とすのに苦労したので…。