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読書の記録

久坂部羊「無痛」

無痛
久坂部 羊著
幻冬舎 (2006.4)
ISBN:4344011589
価格 : \1,890

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凄惨な教師一家皆殺し事件の捜査は難航していた。
人を観察するだけで病を見抜く眼力を持つ医者・為頼は犯罪者をも
選別することが出来るのか?医療サスペンス。


この著者の小説を読むといつも居心地の悪さを感じる。
なのに何故新作を読むのかと言えば、それは論議巻き起こりそうな
ヤバいネタをどれだけ扱っているのかの怖いもの見たさゆえなのである。


今回もフィクションと断りを入れつつ、生来犯罪者説を肯定的に扱う
設定が身震いするほどチャレンジャー!
読み終えて思うに、やはり著者の感性と、私は相容れない。
作中の言葉を借りれば青い鳥を信じる乙女のごとき甘ちゃんだから
かもしれないが、登場人物のエゴイズムに反発を感じてしまうのだ。


例えば、為頼医師が母子を助けるシーン。
他の人、ざくざく殺されているんですけど。
あんたら自分らだけ助かればいいのか?!と思ってしまう。
人間そんなもの?
今回は「廃用身」廃用身単行本は2003.5
ほどの現実モデルの露骨な借用は無いし、
「破裂」破裂2004.11
のようにニヒリストを英雄視もしていない。


だがサイコサスペンスの偉大な作品、T・ハリスのあの作品
ラストがかぶっていることもあり、前二作よりはヒューマニスト寄りな
味付けでありながら、やはり後味はスッキリしない。


それは想像するに著者が為頼医師より、もう一人の彼の方により
シンパシーを抱いているからではあるまいか。
その割に枚数の都合上なのか、彼に関する描写が中途半端なまま
ラストを迎えたのは残念だ。どうせヒューマニズムなど信じていない作風
なのだから、無理に正義面しないで例えば白神をもう圧倒的主役に据えて
しまって、ピカレスクロマン&ホラーにした方が生きる題材だったのでは
なかろうか。それでは多くの善良な読者は震えあがってついてこなくなる
だろうが、バラシの冷静かつねちこいフェチ香る筆致を見るにつけ、
この著者がおためごかしの薄っぺらい正義など粉砕するほどのノワールを、
暗黒犯罪小説を書いたならば、コアなマニアに熱狂を持って迎えられ、
カルト的人気を博するに違いないと、私は確信する。
もしその時には、愛すべき悪人にも筆を緩めず壮絶な結末を付けられん
ことを願う。


p.s.為頼医師がやったあの脅し、まんま手塚治虫ブラック・ジャック
だなあ。それもネットで読んだのか為頼?
そして散瞳したらロクに焦点が合わないと思うのだが、どうか。